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クルーズ船デッキにおける空気汚染
1.はじめに
2019年1月のBusiness Insider Japanにて以下に引用のニュースが取り上げられました。
豪華なクルーズ船のデッキの空気は、北京、チリの首都サンティアゴなど、大気汚染で知られる都市と同じくらい汚染されている可能性がある。ジョンズ・ホプキンズ大学の研究で明らかになった。
研究では4隻のクルーズ船 ── カーニバルリバティ号、カーニバルフリーダム号、ホーランドアメリカ アムステルダム号、エメラルド・プリンセス号 ── のデッキの大気汚染レベルを船の煙突の前後で測定した。
その結果、4隻のデッキ上の粒子状汚染物質の濃度は、北京、サンティアゴ、ベルギーのアントワープと同じレベルだった(研究では、粒子状汚染物質を「空気中に漂っている小さな固体、もしくは液滴」と定義)。
研究によると、煙突の後ろ ── バスケットボールコート、ランニングトラックなどのエクササイズエリアがあるところの汚染が、煙突の前よりもひどかった。
本チュートリアルでは、クルーズ船の煙突をモデル化した境界条件をペイント画像を用いて構築し、排気ガス輸送の流体シミュレーションを実施し、本汚染の発生メカニズムを明らかにします。
ここで紹介するシミュレーション実行に必要な全ての入力ファイルは、以下からダウンロードできます。
入力ファイル
また、本シミュレーションは、一般的なIntel COREi7搭載のノートパソコン上で、最大並列数(parallel = 4)を用いて、1000ステップ20分~40分程度の計算速度です。
2.3次元モデル構築
ペイント画像を用いた3次元モデル作成における基本的な構築ルールは、こちらのページをご覧ください。本シミュレーションにおいては、以下のような平面方向を有する5枚のペイント画像を利用して、煙突モデルを構築します。以下の画像における色及びその色で構築されている壁面は、
- 壁境界:外側煙突(煙突の装飾的なカバー、非プリセット・紫色)
- 流入境界:内側煙突(排気ガスの実際の通り道・排出口、プリセット・赤色)
- 壁境界:デッキ床(プリセット・黒色)
- 流入境界(プリセット・緑色)
の4項目を別々の色を用いて指定します。
これらの構成部品は、(a) 2次元断面を持つ3次元形状と(d) 滑らかに変化する断面形状を有する3次元形状(ストレッチング)のモデル構築ルールを用いて構築されます。ここでは、外側(紫)・内側(赤)煙突をストレッチングを用いて構築しています。したがって、右図の赤矢印のようにチェックボックスを用いて、ストレッチする色と平面を適宜選択し、ストレッチング構築ルールを適用する必要があります。
各画像のピクセル数に関して、厳密に計算領域サイズの縦横比に比例させる必要はありません。最終的な縦横サイズは、パラメータにて設定した物理サイズとなり、ソフトウェアで画像の補間処理を実施します。しかし、基本的には、ある程度サイズの縦横比を反映させるほうが、画像作成上便利です。
3.計算パラメータの設定
以下は、本シミュレーションにおける主なパラメータについての説明です。特に重要なパラメータは、パラメータ名の後の**で明記します。一般的な計算パラメータの説明は、こちらをご覧ください。- cmode
0の流体解析モードを選択 - lx
x方向領域サイズは25m。 - ly
y方向領域サイズは10m。 - lz
z方向領域サイズは10m。 - nx、ny、nz
(nx, ny, nz) = (250, 100, 100) - uinW
初期x方向流体速度は10m/s(約19ノット)と指定。残りの領域内初期速度成分(vinW, winW)は0.0m/s(ゼロ)であり、これは既定値であるので、特に指定しなくてもよい。 - massfrW**
領域内の初期排気ガス濃度(質量分率)は0を指定。これは、規定値であるので、特に指定しなくてもよい。 - vinR
煙突からの排気ガスの排出速度(流入速度;上向き)は、vinR = 2.0m/sと指定。残りの速度成分(uinR, winR)は0.0m/s(ゼロ)であり、これは既定値であるので、特に指定しなくてもよい。 - massfrR**
煙突から排出される排気ガス濃度は1(=100%)。※排気ガス濃度:ある座標の流体中に占める排気ガスの質量割合。 - uinG
流入境界からのx方向流体速度は10m/s(約19ノット)と指定。残りの流入速度成分(vinG, winG)は0.0m/s(ゼロ)であり、これは既定値であるので、特に指定しなくてもよい。また、本ケースでは、青ではなく緑境界を流入境界として用いる。この理由は、トレーサー粒子は、青及び赤色境界から流入し、緑境界からは流入しないためで、以下に紹介する動画のように、煙突から排出される排気ガス輸送をより明確に示すことができるため。
4.シミュレーションの実行、解析及び考察
いよいよシミュレーションを開始します。シミュレーション中に様々な可視化を行うこともできます。しかし、本シミュレーションは計算負荷が大きいので、シミュレーション終了後、解析モードにおいて可視化を行うほうが良い場合もあります(※ただし、以下に示すトレーサー粒子はシミュレーション中のみ実施可能)。以下に、本シミュレーションから得られる典型的な可視化結果を示します。
以下の動画中のトレーサー粒子に示されるように、煙突からの流体が、定期的に下方へ巻き込んでいることが分かります。これは、高速流体と低速流体の界面で発生するケルビン・ヘルムホルツ不安定性に基づく大規模な流体構造に起因しており、この大規模渦により、煙突から排出された排気ガスが船上デッキを通過し、上流へ逆流しているメカニズムが分かります。このように流体シミュレーションを活用することで、上記ニュース内の測定では不明であった、船体デッキにおける空気汚染の発生メカニズムを明らかにすることができました。
また、上記動画内に示す、領域内7か所に設置したプローブにおける排気ガス濃度の時間変化は以下のように計測されます。プローブ設置方法は、こちらの解説をご覧ください。
本シミュレーションでは、排気ガスと周辺空気の温度差や浮力の影響は考慮していません。Flowsquare+では、シミュレーション例にあるように、これらの効果も考慮することが可能です。